誰も記憶していないほどの過去より、この世界には二つの種族が存在していた。

遥か雲の上の高みに住まい、至高の存在とされる『神』の意思の下、秩序を守り生きる『天人(シエーリア)』。
遥か深き大地の底に住まい、己の欲望に忠実に生きる『魔人(アンフェリア)』。

遠く離れて住まう二つの種族はお互いの存在を知らぬまま悠久の時を過ごして来たが、
空の最も高みに達した天人は下へ下へと、
地の最も深みに達した魔人は上へ上へと、
お互いの住処を拡大していったばかりに、ついに二つの種族は期せずして出逢う事となった。

互いに、相手を異常なものと判断し、そして争いに至るまで、時間は必要なかった。
秩序により組織や文化を作り、物事を積み重ねていく天人から見れば、魔人はその日をただ生きるだけの獣。
求め、願うがゆえに知と力を振り絞り、手に入れたものに耽溺する魔人から見れば、天人は物事を淡々と成すだけの道具。

どちらが悪ということもなく、ただ生き方の違いから来る二つの種族の争いは長く続いたものの、
やがて組織としての力で劣る魔人が劣勢となっていき…
そして魔人はまた、負けたくないという願いゆえに、新たな手段を講じた。

それは、天と地の交わる場所――『地上』に、自分たちの奴隷種族を放つ事。

奴隷種族たちは魔人たちと同様、『姦淫』の欲という性質を持つ。
ゆえに、天人と違い、神に命じられる事なく自分たちの意思で増えていく。
捨て駒であり、生垣とするには最適の存在であるはず――そう考えられていた。

しかし、そこに誤算が発生する。
奴隷種族たちのひとつ…『人間』が、天人たちの教えを吹き込まれ、反逆を始めたのである。

人間たちは魔人と同じく、欲と願望をその根源とする魔人の奴隷種族でありながら、
天人の教えにより、我欲・淫欲を悪と、秩序と自己犠牲を善と信じ込まされ始め…
挙げ句、自分たち以外の魔人の奴隷種族を、『邪悪な怪物』とさえ吹き込まれているのだ。

魔人たちが気づいた時には既に遅く、その教えは『宗教』の形を取って、人間たちの社会に溶け込んでいたのである。
不幸中の幸いは、時の流れによって、それを単なる迷信としか捉えていない人間が数多い事であろう。

いくばくかの魔人は、地上に、地底への入り口となる洞窟を作り出す。
その中に、人間たちの好む宝と、肉体を支配する『姦淫』に関する奴隷種族や罠を張り巡らせて。
奴隷種族としての本性を、再び思い出させるために。


――邪悪なる魔物は伐するべし。
――魔物の住む洞窟には、莫大な宝が眠る。
そう信じ、今日『冒険者』と呼ばれる人間たちは、今日も地底の迷宮に挑むのである。

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